結局は予想成績

競馬一般

おそらく予想家の多くは自分自身の予想法に自信を持っていると思うのですが、
その多くは負け組、つまり安定して負け続けているのです。
『負け続けているのに、自分の予想法に自信を持ち続ける』
昨日の話の続きになりますが、ここにも矛盾が存在しています。
これだけではありません。競馬には多くの矛盾が潜んでいるのです。
これは学術的な研究対象としても非常に興味深いことではないでしょうか?

根拠の無い自信

これは決して悪いことではないのだそうです。
根拠の無い自信を持つことで臆することなく、
いろんなことに挑戦でき、挑戦するからこそ成功を掴む。
自信を持つために根拠ばかりを求め、
挑戦する機会を逃すよりも良いということらしいです。

しかし、自信ばかりあっても結果が伴わなければ意味が無いと思うのです。
やはり、ある程度は期間に区切りを設けて、
一定期間内に結果が出ないのなら何かを少し変更してみるとか、
変更しても変わらないのなら、根本的に違う方法を試してみるなど、
その時々の状況に応じて、臨機応変な創意工夫が必要だと思います。

当たり前の話なので大変恐縮なのですが、
レースは中止にでもならない限り、必ずレース結果が出ます。
同じく、予想もレースが中止にならない限り、必ず予想結果が出ます。
意識的に無視しない限り、予想法の成績は分かるはずです。
その予想成績が良いのなら何も言うことはありません。
しかし、悪いのなら改善が必要だと考えると思うのですが、
冒頭で申し上げたとおり、予想家の多くは、
負け続けても自分の予想法に自信を持ち続けているのです。

せっかく自信を持つのなら、負け続ける予想法にではなく、
勝てる予想法に自信を持った方が、“お財布に優しい”と思うのです。
予想法の正しさ、つまり正当性や有用性は予想成績でしか証明できません。
表向きな理論ではなく、予想成績を見て判断すべきだと私は思います。

別に私は聖人君主でも神様でもありませんので、
迷える子羊を正しき道へ誘おうとしているのではありません。
ただ純粋に、この状況を面白い現象だと捉えているのです。
単なる私の思い付きでしかないのかもしれませんが、ひょっとすると、
この現象は『周りと同じ予想法を使っている安心感』なのかもしれません。
不思議なもので、人間は自分だけ違うと不安になるものです。
結局、初めっから踊らされているのかもしれないと思う時もあります。
だからこそ、いろんな意味でギャンブルは面白いのかもしれません(笑)

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